対談: 精神病院依存主義からの脱却

病院附属アウトリーチ事業の危険性

新居 これには一層腹が立ちました。厚生労働省は今迄の無駄な7年間をどう反省したのでしょうか。今度は病床削減を1病院30床とか1事業所10%以上とか、いっています。この削減病床数もいい加減そのものです。精神病院が助成を受けてアウトリーチチームを作ることで、その人数分の人件費削減ができるといったことが、病院側に示されているのかもしれません。しかし病院所属のアウトリーチチームは、患者の具合が悪くなったらすぐ親病院に入院させようと考えるはずです。これらのチームのどのスタッフも、病院あってのアウトリーチです。どんなに具合が悪くなっても地域で支え続けよう、などと考えるはずがありません。これは、牧畜業の柵をちょっと拡大しただけになります。7億円はドブに捨てたと同じになりますよ。

大熊 なんでこんなに私立精神病院を増殖させたのか。だれがどんな思惑でやったのか。何をしくじったのか。もっと根源的なところにメスを入れてほしいですね。

新居 とにかく病床削減した分だけ収入は確実に減ります。アウトリーチでその損失を埋めるにたる収入が挙がるのでしょうか。この事業による病床削減に私的精神病院が協力するとは到底考えられません。協力してくれるはずと考える厚労省の判断は何処から出てくるのでしょうか。

大熊 だから精神科の削減病床分を、別途、認知症病棟にしよう、と業界は言いだしたのでしょう。あまりの不見識に、ため息が出ます。

新居 いわゆる欧米のACT(日本名は包括型地域生活支援プログラム)は、既存の施設医療が有効に機能しない重度の障害者向けに開発されたものです。ACT的なシステムを地域に整備しながら公的精神病院をつぶしていったという経過があります。ACTは公的精神病院中心だから政策的にできたことです。私たち「ぴあクリニック」のアウトリーチの主な対象者たちは、いずれも病院不信や医療不信が強くて、死んでも精神病院にかかりたくないと思っている当事者および家族です。あるいはどこの病院や外来に行っても相手にされず途方に暮れていた人々です。何時でも入院出来るベッドがあると考えながらやる訪問支援と、入院を全く考えない訪問支援は、質が違います。

大熊 病院を温存しながらアウトリーチをすれば、重い人、手のかかる人は病棟に預ける傾向になるでしょうね。

新居 日本で伊藤順一郎氏らによって始められたACTは、国立国府台病院の入院患者に対して退院時にアウトリーチを受ける契約をします。残念ながら厚労省は、これがアウトリーチの主流だと考えているのでしょう。国の精神病院の大半が公的精神病院であれば、「精神障害者アウトリ-チ推進事業」は有効かもしれませんが。

大熊 日本の精神科ベッドの9割は民間ですから、アウトリーチが病院の付属物になってしまう心配があります。

新居 京都の高木俊介氏や私がやっている訪問支援は、入院させないことが大前提です。重篤な患者を地域で支えれば支えるほど、結果的には、どんなに具合が悪くなっても地域で支えていけるという自信が、私たちに出てきます。もちろんそれは、家族が途中で考えを変えない限り、もしくは自傷他害がひどくならない限りにおいてですが。

大熊 ぴあクリニックの職員さんの名刺の裏には、「どんな重度の精神障害を抱えるひとであろうと その人が地域でのびのび自由に生きていくことを 可能な限り支援します」と書かれています。この「どんな重度の」がポイントです。ここを譲ってしまうと、精神病院依存主義に取り込まれてしまいます。